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音楽と農業の関係―自然のハーモニーと人間と


 このページタイトルを見ている皆さんから、「パンフルートと農業がどんな関連があるのよ??」という声が聞こえてきそうですね。ごもっともな質問です。第一、楽器を語るのに農業が登場するのは、世界広しといえどもきっとこのHPぐらいでしょう(笑)。まあ、「ピュアタウン通信」の一角にパンフルートのコーナーがあることから考えれば当然と言えば当然ですが。でも、この章を見終わる頃には、その意外なつながりに思わず「へえ〜」ということ間違いなし!?。ではごゆっくりどうぞ・・・。

 牧神が笛を携えている本当の理由


 さて、農業とこの楽器の関係を語る前に、一つの疑問を解きましょう。

 そもそも音楽の神ではなく、なぜ牧畜の守り神である牧神パンが常にパンフルートを携えていたのでしょうか???思えば不思議ですよね。

 でも私は、それはただ単にギリシャ神話のエピソードとして
「持たせていた」
のではなく、それが必要だったから
「持っている」
と思うのです。いや
「持っていなければならない」
のです。

 どうして私がそう確信するようになったのか?以前から「自然はそのものが癒しの力を持っている。ならばそれを司る神の持つ楽器がその力を持っていてもおかしくない」とはおぼろげに思ってはいたのですが、それを「持ち歩いている理由」まで確信したのは、実は、ある農法で用いる装置の仕組みを知った時でした。ここではその理由をこの笛の音の出る仕組みから順に説明してゆきたいと思います。

 このHPのはじめに触れたとおり、パンフルートは中空の管を横に並べただけの姿をしています。一本の管から出せる音は一音(あえて言えばプラス半音下がった音)のみ。一本の管に複数の穴をあけたたて笛や篠笛に比べると実に不経済な姿をしています。しかしこの「一本一音」が音の純粋性とほかの楽器にない力強さを生み出しているのです。歌口から勢いよく吹き込まれた息は管の中をらせん状に回り、底にぶつかって再び歌口から抜けていきます。またそこで生まれた音は歌口から抜けていくほか、楽器自体を震わせて力強くあたりへと響いていきます。この時に パンフルートはほかの楽器と違い、「倍音」を生じることがありません。リコーダーに強く息を入れると一オクターブ高い音が出ますね。それが「倍音」。音楽用語では「オーバーブロー」と言いますが、これが出来る為に、リコーダーはたった一本の管であれだけの音域をカバーすることができるのです。それ故、耳には聞き取れませんが、たて笛や篠笛では一音を出しているつもりでも常にこの倍音の振動が生じています。しかしパンフルートはどんなに強く吹きこんでも純粋な一音のみがほとばしり出て行くのです。

 それは息ではなくても風でも同じ。私の住んでいるところの比較的近くに、とある天文台があります。そこではいろいろな理科実験的なオブジェがあるのですが、この中に「パンの笛」というものがあります。鉄パイプをまさにパンフルートと同じようにただ寝かせ並べただけのもの。唯一つ違うのが、歌口、というか耳をあてて音を聞くところのみアルペンホルンのように上を向いていること。そこに耳を近づけると、常時わずかな風によって音が鳴っているのがわかります。つまり、腰に下げているだけても、常にパンフルートはその美しい音色をあたりへと響かせているのです。実際には耳に聞こえないほどの小さな音ですが。

 一管一音の純粋で力強い音のハーモニーを携えて野山を歩く牧神パン。それを振りまくことが一体何を意味するのか…?それを紐解くには、次に「音の性質」について語らなければなりません。


交通騒音と「音の持つ力」


 さて、ちょっと話がそれますが、日本人である皆さんなら、神社で行うことってよくご存じですよね?そう、柏手を打ったり、鈴を鳴らしたり、太鼓を打ったりします。これらは、ただなんとなく昔からの習慣だから続いてきた・・・というわけではありません。実は古来の人々は「音をたてる」という行為そのものに悪いものを遠ざける、俗に「払う・清める」力があると考えていた(いえ、それを感じ取って知っていた)ため行ってきたのです。これを現代風に解釈してみると、騒音を音で消す「アクティブノイズコントロール(能動騒音制御)」の考え方に似ていると私は思います。これは、音の性質を利用した技術の一つで、すでに自動車のマフラーや工場の排気ダクト、冷蔵庫が発する低音の除去などに応用されています。物理的にいうと「音」とは「波」の一種であり、波は《波どうしが重なり合うと振動を強めあったり弱めあったりする(干渉という)》性質をもっています。これを逆手にとり、騒音に対してそれと同振幅・逆位相(例えるなら、裏手拍子みたいなものです)の音をぶつけると、お互いに打ち消しあい消音出来るのです。

 その考え方は「音」、言い変えると「空気を震わせる振動」だけではなくよりこまかい波である「波動」にも当てはまります。「クリスタルボウル」という石英(これの美しく結晶したのがいわゆる「水晶」になります)で出来たお椀状の楽器があるのですが、このボウルを奏でたとき発生する音や波動は、人間のチャクラ(体内に7つあるとされるエネルギーのツボ)の持つ振動に働きかけて、その乱れを整え健康体に導くといいます。故に「癒しの楽器」と呼ばれるのですが、これも波(音)の性質から紐解くと、正常な音の持つ振動が発せられると先に述べた干渉やもしくは共鳴(物質が持つもともとの振動数に近い振動が発せられるとそれに反応して同じ振動を発するようになる現象。二つの音叉のうち一つを鳴らすと反応してもう一つの音叉が勝手に鳴り出すのはこのため)の働きによって乱れが整えられたと考えることができます。つまり、純粋な音や波動には実際に「乱れ」という悪いものを整える、すなわち「清める」力があるのです。


農業で気付いた牧神の想い


 そして、そんな「音(波動)の持つ力」を利用し、まるで神社で柏手を打つように、「いい波動を発信してその農場の持つ振動を整え(つまり、「清め」)、農作物を育てる」という農法が世界ではいくつか行われていることを、皆さんはご存知でしょうか?日本ではまだまだ一般的ではありませんが、例をあげますと、バイオソニックといわれる早朝の小鳥の鳴き声のような音を流す農法、いい言魂(言葉…これも一つの音・波動といえます)を発して植物を育てる陽光農法、そして耳には聞こえませんが「調合剤」と呼ばれる物質の波動を活用するシュタイナーのバイオダイナミック農法、またその発展形として「ブロードキャスター」という装置を利用して「調合剤」の波動のみを増幅し、農地に響かせて環境を浄化する農法などがあります。何を隠そう、私の知人が実際に農場に設置して実践しています。

 数年前、その装置の仕組みを知った時、思わずあっと声をあげてしまいました。私は気付いたのです。パンフルートをなぜ「牧神パン」が携えていたのか?という理由に・・・。笛と、その音の持つ力と、笛を持ち歩く理由のすべてが私の中でつながり、長年の疑問が氷解した瞬間でした。

 このブロードキャスターの仕組みをごくごくごく簡単にいえば、一本の太いパイプにらせん状のコイル(息の流れと同じ!)と物質を詰め農地に立てただけ、という装置なのですが、天文台の「パンの笛」と同じく、常に周囲へと向かって波動(笛の場合は「音」)を放射し続けているという点、パンフルートの音の出る仕組みと全く原理は変わらなかったのです。

 つまり・・・牧神パンがパンフルートを携えているのは決して偶然ではなくて、その大地を清め、より豊かに、美しく、健やかにするためではないのか!・・・とふと、感じたのです。牧神パンは地球の分身ともいうべき偉大な存在です。大地そのものと言っても過言ではありません。その上では、過去、さまざまな悲しい出来事がありました。それらの記憶・流血を丸ごと受け止め、癒し、新たに生まれ変わるために、清めの力を持った笛を携え、時に胸にあふれるさまざまな熱い想いを吹き込みながら生きてきた・・・。
 さら付け加えるならば、天文台の「パンの笛」も、ブロードキャスターも素材自体は金属で無機質ですが、楽器としてのパンフルートは竹や木・葦といった自然界の素材(現在はプラ製もありますが)であり、例えば竹ではそれ自体が神社等で多用されるところから見て、浄化や癒しの力の波動を持っているといえます。ましてや、そこから放たれるのが純粋で力強い音だとすれば、その相乗効果によって自然界や人の心深くへ届く力を持っていても不思議ではないはずです。

 こうしてみてみると、地球・自然を浄化し力強く癒す力さえも持っているであろう「聖なる笛」を、自然を司る「牧神パン」が携えていることは、何ら不思議ではない、むしろ、持っているのが普通と考えられないでしょうか?絵に描かれた龍神が如意宝珠を手にしているのと同じように・・・。確たる証拠も、実証結果もありませんが、私はそう、強く思っています。


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聖なる笛パンフルート―牧神パンと私―目次


パンフルートってどんな楽器?―その姿と名の由来―
悪魔にされた牧神パンの話―ギリシャ神話から現代まで―
音楽と農業の関係―自然のハーモニーと人間と―
パンフルートが響く世界に―牧神パンの想い―
おまけ―牧神パンがくれた恋?―

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