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パンフルートってどんな楽器?―その姿と名の由来―

 暖かくかく哀愁を帯びた、透き通る風の声のような音色…それがパンフルートです。低音部はあくまで柔らかく、高音部はどこまでも突き抜けていく強さを一つの楽器の中に持ち合わせています。単独での演奏に触れる機会はあまりないとは思いますが、実はTVのBGMなどでよく使われているんですよ。
 さらにその姿はというと、メジャーとは言えない笛ゆえすぐ思い浮かべられる方はとても少ないのでは?フルートという名前からいわゆる横笛を連想された方、この楽器がかのパイプオルガンに近いと聞いたらおそらくびっくりされるでしょうね。

 パンフルートの和名は「葦笛」。古代より葦や竹を素材に作られてきました。葦笛と言えば、ディズニーアニメの「ピーターパン」が腰に下げている笛?・・・そう!実は同じものなんです。覚えてないなぁという方はジュースのストローをさまざまな長さに切って底をふさぎ、長短に並べ、横につづった様子を想像してください。それがパンフルートの原型です。

 パンフルート、またはパンパイプという名前はギリシャ神話に登場する牧神(家畜、主に羊と羊飼いを守る神)「パン」が常に携えていたことに由来します。後ほど触れますが、携えるきっかけとなったエピソードから、「シュリンクス」とも呼ぶこともあります。私の愛用しているのは東欧ルーマニアの流れをくんだ先生お手製(埼玉の篠竹)のもの。管はアーチ形に1列、ドレミファと並んでいます。ルーマニアでは「ナイ(葦という意味)」と呼ばれ、伝統的なフォルクロア「ムジカポプラーラ」で用いられています。

 ここで取り上げるパンフルートとはルーマニアの伝統楽器としての楽器を呼ぶことにします(注)が、笛自体のシンプルさゆえか同様の楽器は世界各地に点在しています。ビール瓶、もしくはPETボトル(350mlのものがいいです)の飲み口に、飲み口の向こう側に向かってゴミを吹き飛ばすような気持で息を吹き込んでみてください。ボーと音が出るはずです。これが音の出る仕組み。半音を出すときは楽器を傾け、管の向こう側のエッジに吹き込むと半音下がります。竹の様に中空の管が手に入る地域ならば、自然発生した可能性は十分にあります。たとえば、「コンドルは飛んでゆく」で有名なフォルクローレで用いられる南米アンデスの楽器「シーク(アイマラ族での呼び名。ケチュア語ではアンターラ、スペイン語ではサンポーニャとなります)」。シークは大きさ(音域の高低)によってチェリ・サンカス・マルタス・トヨスなどと呼ばれ、管は2列で奥がドミソ・・・、手前がレファラ・・・と3度間隔に並んでいます。素材は葦。管の並び方は違いますが、ファの音に♯が付く「ト長調(G-major)」が基本である点はパンフルート・シークとも共通です。なぜ同じなのかは謎ですが。

 ヨーロッパではふいごが付いて巨大化し、かのアルキメデスが発明したとされる水力オルガン「ヒュドラウロス」を経てパイプオルガンに変わってゆき、パンフルート自体は音楽の表舞台から消えてしまいました。現在はローマ民族の流れをひくルーマニアで民族楽器として伝えられるのみ(未確認ですが、インドにも存在するとか)となりましたが、同じような例は中国、そして実はここ日本にもあります。

 初唐時代、敦煌の莫高窟に描かれた「薬師浄土変相図」の中で、竹間を並列にした楽器を吹いている人物像があります。これが「拜簫(はいしょう?と読むのでしょうか)」と呼ばれるパンフルートの一種。古代中国ではその形は鳳凰からとったとされ「簫韶九成せば、鳳凰来儀す」と言われる「神を祀る楽器」だったようです。
 これが奈良時代日本に伝わり、正倉院では「甘竹簫(かんちくしょう?)」という名前で献物帳に記載されています。完全な形ではありませんが、現物も保存されているとのこと。復元研究の結果、吹き口はU字型に削られており、18本の竹管が長短順序良く並列、竹管の底は詰め物がされている簫の中でも「低簫」という部類に属するものだという発表がされています(劉宏軍さんHPより)。
 また、宇治平等院の本尊の後ろで音楽を奏でる雲中供養菩薩象のうち、北八号、南一号の二体が拜簫らしい楽器を演奏しているそうです(岩田英憲さんHPより)。一度機会があったら現物を見てみたいものです。

 しかし、現在韓国・朝鮮ではその流れをくむ楽器は演奏されていない(もしご存知の方はご一報下さい)ようですし、日本の古典音楽である雅楽の中でも用いられている様子はありません。なぜ消えてしまったのか?その謎は不明ですが、私の演奏上の経験では、他の楽器とのマッチングも可能性としてあるように思います。と、言うのも、この笛の持つ「力強さ」は時により他の楽器の音色を消してしまうからです。よく、似た音色として引き合いに出されるオカリナと同時に吹くと、パンフルートしか聞こえない!!・・・なんてことも。それゆえに、現在のように音量バランスをとることが出来なかった昔はオーケストラ形式の演奏に向かず、単独、もしくは伴奏楽器や打楽器との少数での伝統的演奏で細々と残ってきたのだと私は思います。

 (注)クラッシックの名曲、チャイコフスキーの「葦笛の踊り」で指す「葦笛」とは、和名(和訳)こそ同じですが、こちらはフランスの「ミルリトン」という楽器のことを言います。故にこの曲は別名「フランスの踊り」とも呼ばれています。素材は同じく葦ですが、姿は全くの別物です。ただ、もう一つの別名「女羊飼いの踊り」とあるようにこの笛ももしかしたら、パンフルートと同じく羊飼いが使う笛だったのかもしれませんが。


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聖なる笛パンフルート―牧神パンと私―目次


パンフルートってどんな楽器?―その姿と名の由来―
悪魔にされた牧神パンの話―ギリシャ神話から現代まで―
音楽と農業の関係―自然のハーモニーと人間と―
パンフルートが響く世界に―牧神パンの想い―
おまけ―牧神パンがくれた恋?―

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