悪魔にされた牧神パンの話―ギリシャ神話から現代まで― 牧神パンの真の姿 ギリシャ神話から派生した物語で最も有名なものは星座の神話でしょう。牧神パンは12星座の一つ「山羊座」のエピソードで登場します。12星座は古風な星座絵で描かれると連なった2匹の魚だったり水がめから水があふれていたりしますが、珍妙さでダントツなのがやはり山羊座。「上半身が山羊で下半身は魚の尾っぽ」という奇妙な姿です。ここではなぜこんな姿になったのかという理由と、そもそもの星座のモチーフのルーツについての話をしたいと思います。 ある日ユーフラテス川のほとり(またはナイル川のほとりとされる)で大神ゼウスをはじめとするオリュンポスの神々が集まっての楽しい宴が開かれていました。牧神パンもその席でいつものようにシュリンクスを吹き鳴らし、すっかりくつろいでいました。そして宴もたけなわとなったその時、どこからともなく生暖かい風と共にものすごい唸り声が・・・。怪物テュフォンです。 テュフォンは、大地の女神ガイア(ゼウスの祖母にあたる)が、女神と天空の神ウラヌスとの子孫であるタイタン族(巨人族)を、ゼウスらオリュンポスの神々に殺された復讐にと生み出した怪物。天まで届くほどの身の丈と太陽の光を隠すくらい巨大な翼、手足は大蛇で百の竜の首が肩につき、鋭い眼からは火を、口からは燃え上がる岩と悪臭を吐き、黒い舌は牛や犬・ライオンの吠え声と神々の口真似がうまいと同時に、その叫び声は大地をごうごうと震わせるほどの迫力を持っていました。 そんな不気味極まりない怪物が現れたものですからもちろん会場は大混乱。みんな我先にと動物に変化して逃げ出しました。ゼウスは鳥に、その妻ヘラは雌牛に、アポロンはカラス、ディオニソスは山羊に、アルテミスは猫、アレスは猪に姿を変え、愛と美の女神アフロディーテとその息子キューピッド(ローマ神話でのエロス)は魚になって川に飛び込みました。ちなみに、この2匹の魚がはぐれないようにと互いをリボンで結んだ姿を、ゼウスが天に上げたのが魚座です。 でもこの時一番慌てていたのが件の牧神パン。パンも川へ逃げ込もうとしていたのですが、慌てたあまりに上半身は山羊、下半身は魚になってしまいました。これを見たゼウスが面白がってその姿を天に上げたのが山羊座とされています・・・。 これが良く知られた山羊座のヘンテコな姿の理由ですが、実はこの姿、古代バビロニアの時代から変わっていません。もともとはメソポタミアでは知恵と水の神エアが変化した「スマル・マシュ(魚山羊)」と呼ばれる星座でした。星座図がギリシャに伝わった際、この奇妙な姿を説明するために先の話が作られたとされています。 エア神はメソポタミア地域の世界創造神話に登場し、天空神アヌと空気の神エンリルと共に古代の三神と言われ、海から現れては古代の人々に農作・文字・法律・魔法を教えたとされています。トルコの有名なお土産、青いガラス製の目玉の姿の魔除け「ナザール・ボンジュウ」も本来は怪女メデューサの眼をかたどったものではなく、シュメール時代のエア神の眼だったという説もあるようで、長く人々に愛された歴史のある神様なのです でもなぜ「魚山羊」の姿なのか?占星術的にひも解くと、上半身は大地を、下半身は海を意味し、海に浮かぶ大地=大陸を象徴しているそうです(余談ですが、怪女メデューサ、これも元々のルーツは大いなる大地の神「大地母神」だったそうです)。また、この魚山羊(エア神の化身)は同時に怪物テュフォンそのものでもあり、大陸移動による天変地異のことを「テュフォンの出現」として表現した…とする説もあります。いずれの話にせよ、過去を遡れば遡るほどエア神、すなわち牧神パンは地球の命そのものを指す程の存在だったことを示しているようです。 しかし時代が下るにつれその力は薄れてゆき、キリスト教文化時代に入るとついには、「悪魔の化身」のモデルとされてしまうのです。 NEXT 悪魔にされた牧神パンの話―ギリシャ神話から現代まで―古より愛されてきた牧神 のページへ 聖なる笛パンフルート―牧神パンと私―目次 パンフルートってどんな楽器?―その姿と名の由来― 悪魔にされた牧神パンの話―ギリシャ神話から現代まで― 音楽と農業の関係―自然のハーモニーと人間と― パンフルートが響く世界に―牧神パンの想い― おまけ―牧神パンがくれた恋?― ☆ |